まず初めに僕のブログを読んでいただきありがとうございます。
ありがたいことに全国のラクロッサーが読んでくれていることと思います。
今までのブログを踏襲などせず、僕なりの言葉で綴っていきたいと考えています。
ぜひ最後まで読んでいただけると幸いです。
名城大学男子ラクロス部に関わって頂いたOB、スポンサー、コーチ、学務、他大学、学連、社会人ラクロッサーの皆様。さらに、一井翔に関わる全ての皆様ありがとうございます。
皆様のお力によってラクロスができていることを深く感謝しております。
これからも応援の程よろしくお願いします。
21世代のイケメン枠たくま君から回ってきました。
彼とは学部が同じでとてもお世話になりました。さらにポジションも一緒でよく迷惑をかけてきました。最後のリーグではたくさん厳しいことを言って、辛い思いもたくさんさせてしまったかもしれませんが、最後まで一緒にラクロスをしてくれてありがとう。
とりあえず卒業できるように単位取ってね。
次はスピードスターけいたつです。
ある意味彼との思い出は本当に多いです。1年生の頃から僕と唯一同じぐらいの熱量を持っていた彼。新人戦決勝の前日に大喧嘩して66を中断したのが本当に懐かしいです。ネタにできないレベルで仲が悪くなった彼とは今では仲良しになりました。お互い人間としてとても成長できたのかなと思います。一年生の頃に誰かに言われた似たもの同士という言葉も今では少し理解できます。
彼はめちゃくちゃラクロスが好きですが、自己表現が苦手で多分自分から練習に行けないので、現役の子たちは誘ってあげてください。多分めちゃくちゃ喜びます。
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それでは僕の話をしていきたいと思います。
「つばさは変わっている。」
今までの人生の中でこの言葉をたくさん言われてきた。
僕はこの言葉は嬉しいと感じることの方が多かった。
僕の性格はいまどきの表現をすると、「ENTP」である。
わからない人はぜひ調べてみて欲しい。ビタで当たっている。
「自己愛が強い」「自信家」「変わったことしたい」などある。
こんな僕の4年間をこのブログで振り返っていきたいと思う。
1年生
「勉強を頑張っていい会社に就職する」
大学入学前、僕はこのように考えていた。
そもそも大学に入ったのも、自分のやりたいことが大学に入らないと難しいことを高二で知り、大学に入ろうと考えた。
だから大学では勉学に励み、インターンなどしてどこかいい会社に就職してやろう。
先輩との繋がりも重要だからイケイケなサークルに入ろう。
と、心躍らせながら有意義な大学生活の計画を立てていた。
とりあえず色んなサークルを回ろうと思ったが、コロナ禍もありラクロス部ぐらいしか新歓をしていなかった。
全く興味がなかったが、「ビンゴ大会 ディズニーペアチケット」これに惹かれて参加をした。景品をもらってさっさと帰ろうと考えていた。
しかし、そのときにギータさん(18世代副主将)とひかるさん(18世代TRリーダー)の二人の話を聞いてラクロスに興味を持った。
「全国に行ける」「ユース選手になれる」
これを聞いて僕はとても興奮したのを覚えている。
小学生:サッカー 中学生:野球 高校:バドミントン
様々なスポーツをしてきた僕は全てそれなりに上手くて、結果も出してきた。
しかしそれは「初心者にしては」上出来というものだった。
小さい頃から一つのスポーツだけをやり込んできた相手に対しては手も足も出ず、全国なんか無縁の話だった。
それが大学生になった今叶えられる可能性がある。
結局お金や勉強の心配もあり即決はしなかったが、体験会には全部参加し、入部を決めた。
入部してからは
朝、上級生の練習に参加して自習練。
日中、学校でラクロスの動画を見る。
夕方、一年練
夜、壁
こんな生活をしていた。この時期が4年間の中で一番モチベーションが高かった時期だった。もちろんやればやるほど上手くなり、同期の中で一番上手かった自信がある。
しかし、このモチベーションが原因となり、21世代にとても迷惑をかけた。
朝の自主練には参加率が増えてきた分、来ない人との差が大きく開くようになった。
さらには来ていた人も来なくなり、一人という日も増えてきた。
こうなるのも当たり前のことだったが、そのときはみんなに怒りを感じていた。
なぜ上手くないのに練習をしないのか。勝ちたくないのか。新人戦優勝したくないのか。
めちゃくちゃなことを言いまくっていたのを今でも覚えている。
徐々に一年練すらも休む人が増え、辞める人も増えていった。
そんな中2回目の名大、南山との三つ巴で初めてラクロスで負けた。
何もできなくて大号泣した。たかがミニゲームではあるが、一人では何も変えられない無力さ、21世代が崩壊していく感覚。この時期は本当に辛かった。
れおとさんの協力もあり21世代は立て直し始め、たくさん練習をするようになった。
結果として新人戦は優勝を果たすことができた。名城大学14年ぶりの快挙だった。
人生で初めての東海大会優勝はとても嬉しかったが、ともきにMVPを取られたのが悔しかった。
それから22LIONSに合流をして、試合にも出させてもらうようになった。
2年生
新人戦が終わってからモチベーションもなく特に自主練をしていなかった。
さらに、チームの練習の雰囲気も良くなかったため、それにつられて毎日のように遅刻をしていた。66中上手くいかなさすぎて、途中で帰ったこともあった。
何もかも適当にやっていた僕は当たり前に試合で結果を出せず、惰性でラクロスを続けていた。このシーズンは本当に中身がない1年だった。
覚えているとしたら、スーパーカップでいっせいさん(19世代)に「シュート打つな」と言われたことである。多分本人は覚えていないと思うが、この言葉はなかなかにきつかった。
確かにあの時の実力だと、そう言われるのも仕方ないと思う。
リーグ戦が始まって開幕戦で点を取るなどしてチームに貢献できると自信をつけていたが、Final4ではほとんど試合に出れず、何もできない無力さに絶望していた。
そのまま試合には負けたが、案外すぐに切り替えられた。
心の中でこの負けには納得感があった。だって努力していないから。
23LIONSでは先輩が3人しかいなかったため、実質最高学年みたいになった。
そのため、この時期からラクロスに対する熱力がまた復活して、ラクロスに真摯に向き合うようになった。しかしそれと同時に人生で一番辛い時期でもあった。
3年生
「辛かった」
この一年間は本当にこれに尽きる。何もかも上手くいかなかった。
最初にも書いた通り、「つばさは変わっている。」とよく言われる。
僕は自分のことが大好きであり、変わっている自分も好きだった。
しかし、この時期だけはこんな僕でも自分のことが嫌いになるほど精神的にきつかった。
理由は簡単、人間関係だ。
今まで人間関係で悩んだことはほとんどなかった。おそらく中、高でも色々言われていたのかもしれないが、特に耳に入ってくることはなかった。
しかし、毎日のように一緒にいるラクロス部だと嫌でも聞こえてくる。
原因は明らかだった。
自分の性格だ。
一年生の頃から自身のやりたいことを好き放題やって、同期、先輩、後輩などみんなに滅茶苦茶なことを言ってきた。嫌われるのもしょうがない。
人が好きで、人と関わりたい。
でも人のことを考えて行動するのが苦手。
家で一人、大号泣した日もあった。
原因はわかっているのに改善できない自分が嫌だった。
ラクロスに向き合うほど、チームメイトとも向き合う必要を感じ、結局ラクロスのモチベーションは下がっていき、ついに辞めたいと思うようになった。
なんだかんだリーク戦では昨シーズンよりスタッツとしてはいい結果を出せたが、結局またFinal4で負けた。
この試合で手首を骨折した。
すぐに最後の年である24LIONSが始まろうというなかで、僕は今までの人生の中で一番どん底にいたように感じた。
知らないうちに幹部が決まっていた。
23LIONSでは一応OFの中枢として幹部に入っていたが、今回は役職なし。
何が起こっているのか意味がわからなかった。
中学、高校と部活のキャプテンをしてきた僕にとっては、初めての状況で戸惑った。
さらに、ゲームキャプテン、OFリーダーすらも任せてもらえなかった。
21世代のMTGで初めてそれを聞かされて、完全にラクロスへのモチベーションがなくなった。役職を貰えなかったことではなく、幹部が知らないところで動き出していたことが辛かった。
完全に干された。チームに関わるなと言われたように感じた。
さらに、いきなりBチームができて、僕はBチームに入れられた。
手首を骨折していてラクロスができないという理由もあったが、お灸をすえられたような感じがして、恥ずかしかった。
そのまま最後の学年を迎えた。
4年生
手首の骨折も治り始め、痛みに耐えながら練習に参加するようになった。モチベーションは相変わらず低いままだったが、なんだかんだラクロスは続けていた。
就活も終わり、授業もほとんどなく時間があったので、読書と筋トレをするようになった。
ここから人間的に成長をしていったように感じる。
本からはたくさんのことを学んだが、簡単にまとめると
「今の自分はダサい」
ろくに努力もせず、人望もなく、好き勝手に生きている。
そのくせ承認欲求は強く、負けたくない。
こんな人間はダサすぎる。僕が憧れる大人ではない。
そうだ、変わらなきゃ。あと一年しかない。行動しなきゃ。
変わる必要があることは気づいていた。しかし、目を背けていた。
それからはいろんなことを試した。
否定から入らない。
ネガティブなことは言わない。
褒める。
ふざけながらではあったが確実に何かが変わっていったように感じる。
筋トレで得られたことも大きかった。
もちろん当たり負けしにくい身体になったこともあるが、一番は部員とのコミュニケーションが増えたことだ。
ゆうがと一緒にジムに入会して、そこから多くの人がジムに入会するようになった。
特にバスバスとはよくジムに行って、たくさん話した。
こういう時間が案外大事だった思う。
それからラクロスのパフォーマンスも上がっていった。
このときには精神的にも常に上向きで、自分を認めてくれる人も多くなったように感じていた。
後悔ないように全てを出し切る。
これを胸に自分ができること、やりたいことは全てやってきた。
クロスを真っ赤に染め上げた。
これの目的はかっこいいからなどではない。
ベストプレイヤー、A1に選ばれたい。
そのためにはまず目立たなきゃいけない。
実はこんな考えがあった。
他にも
「ゴールパフォーマンス」をやろうと思った。
もちろん面白そう、目立つという理由もあったが、
一番の理由は
チームを盛り上げようと考えていた。
僕のパフォーマンスでチームを盛り上げ、
会場の全てを味方につけようと考えていた。
流石にパフォーマンスダサいというスカウティングをされていたのは笑った。
けど、とても嬉しかった。
自分のできることを全てやってきて、
リーグでは初戦の名大に負けはしたものの、そこからのチームの成長も凄まじく、Final4前では、1年生の新人戦ぶりに負けを感じさせないチームとなった。
今までここでずっとFinal4で南山に負けてきて、この試合にかける思いは強かった。
試合終了の笛が鳴った瞬間、嬉しさと安堵で大号泣した。
今までが全て報われた気持ちだった。
その一週間後のFinalの名大戦では無双した。
1点目を取った瞬間、「今日は僕の日だ。」と確信した。
何もかも上手くいく感覚があり、そのまま4点取ることができた。
11年ぶりの東海制覇を果たした。MVPも受賞した。
最高な1日だった。
全国一回戦の北海道大学では、個人としては序盤波に乗り切れなかったが、周りのサポートもあって2得点をあげた。
全国準決勝の慶應義塾大学では、たくさんチャンスをくれたにもかかわらず、2点しか取れず終わってしまった。
試合が終わった瞬間悔しくはあったが、今までやってきたことに後悔はない。
楽しくラクロスをしていた時期も、滅茶苦茶してメンタルがズタボロだった時期も、全てを含めてここまで来ることができたと思うから。
今はただ、僕に関わってくれた全ての人に感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
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ここからは僕が大事にしていたことを書きます。
僕は24シーズンの東海MVP
東海のNo,1OF
公式戦では点を決めなかった試合はない。
一井翔という人間は特別。
「自信」
僕はこれが一番大事だと思います。
正直上手な選手はたくさんいます。
でもプレーに自信が全くないように感じます。
僕の感覚では、賢い大学、賢い子ほど上を理解した気になって自信がないように感じます。
練習をたくさんしているから、
試合で点を決めているから、
先輩に褒められたから
だから「自信」がある。
もちろんこうやってつける方法もあるかもしれません。
でも、僕からしたらセンスがないなと思います。
自分より練習をしている人が結果を出せていなかったら、
試合で一切点を決められなかったら、
先輩が褒めてくれなかったら、
自信を持つために行動したとして、それが報われるかはわかりません。
僕の考えは違います。
「自信」に根拠や裏付けなんて要りません。
自分で都合のいい解釈をすればいい。
ただ一つ。自分は「特別」であると思うことです。
それを僕は「自信」に繋げていました。
なんでもいい。些細なことでもいい。
人と異なる自分は「特別」であると。
数ある選択肢の中からラクロスを選んだ時点で
僕と同じ変わった人間です。
そんな選択をしたあなたは「特別」です。
でもそこで重要なのは
それを認めてくれる環境だと思います。
僕のこの考えのままラクロスを続けることができたチームには感謝しかないです。
この場を借りて感謝を伝えたいと思います。
ちょーじ
うざいけど、本当に最後の一年は助かった。うざいけど。
一年生の頃に同じような立場をやっていたからこそ辛さは本当によくわかる。
自分は途中で折れてしまった。
けど、さらにいい形で最後までチームを引っ張ってくれて助かった。うざいけど。
本当にありがとう。
まぁ僕がMVPやけどな。
ゆうが
よく曲者どもをまとめてくれたと思う。
僕がのびのびラクロスをできたのは彼のおかげだ。
本当に感謝しかない。
今シーズン君がラクロス界でNO.1キャプテンだ。誇れ。
ゆう
21を引き継いでくれてありがとう。
これから名城のエース番号にしていきたいから頼む。
多分ラクロスの技術では僕のことを一番慕ってくれていたかな?
僕の誇れるバディです。
要求するとしたら、
もっと自信をつけろ。王様になれ。後輩も育てろ。
そして困ったら人に頼れ。
君が次の東海No,1OFになれ。
3年間ありがとう。
ともや
2年も同じバイト先で働くとは思わなかった。
ツンデレの可愛い後輩。
ブログも読まないと言っていたが、どうせ今これを読んでいるのだろう。
僕に頼るのは嫌かもしれないが、ラクロスに関しては頼ってくれ。
追いコンの時には素直に僕にありがとうって言ってこいよ。
ありがとう。
バスバス
最後の一年は本当にバスのおかげで楽しめた。
よく筋トレも行ったし、リーグも遠征も全部一緒に行動していて
ずっと一緒にいた。
こんなに後輩と仲良くなれるとは思ってなかった。
自分のベストプレイヤーももちろん嬉しかったけど、
何よりバスバスと一緒にベストプレイヤーを取れたのが嬉しかった。
今までの努力が結果として出せて良かった。
来年は君がDFのエースになれ。
本当にありがとう。
ゆうや
せっかく赤いクロス使ってるんだから、目立ちまくれ。
来年はリーグで6点取って僕を超えてください。
楽しみにしてるよ。
かい
顔だけになるなよ。
がんばれー
OB会長 村井さん
本当にお世話になりました。
村井さんに飲みに連れて行ってもらって、たくさんのことを学びました。
こんな僕が少しはマシになったのは村井さんのおかげです。
名古屋であと5回は飲みに連れて行ってください。
東京では三ヶ月に一回はお願いします。
また社会人になってもお世話になります。
ありがとうございました。
ばっちさん
ばっちさんが名城のコーチを引き受けてくれなかったら、絶対に優勝はなかったと思います。
最後まで自分のラクロスを否定せず、のびのびやらせてもらえて本当に感謝しかないです。
コーチボックスからの、「かけろ」と言う声には本当に力をもらいました。
本当にありがとうございました。
21世代のみんなへ
みんな一度は本気で僕のことを嫌いになったと思う。
それが引退の時にはみんながここまで仲良くなれたこと、本当に嬉しい。
最後まで一緒にラクロスをしてくれてありがとう。
卒業旅行の幹事は任せてください。
最高のプラン作成中です。
全員には書ききれないので、伝えたいことを一つ。
「LIONSであることを誇れ」
ただこれだけです。
東海制覇はもう見たので次は全国制覇を見せてください。
お願いします。
来年からは東京で働きます。
次の社会人という舞台でも一井翔を輝かせ続けます。
ビックな男になってやります。
これからの活躍をぜひご注目ください。
ありがとうございました。
一井翔